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Posted by bobbin
 
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伯父が亡くなった。
母の長兄。
4月に83歳になったばかりだった。

5月の中頃に急に具合が悪くなり病院に運ばれたが、その日のうちに帰宅。

末にまた体調を崩し入院。

人工呼吸器を繋がれたら意識がなくなってしまい、6月始めに逝ってしまった。


晩年は脚が悪くて何かにつかまりながら歩いていたが、頭はしっかりしていた。

体調を崩してからはあっという間に亡くなってしまったが、特にどこが悪かったというわけではなく、誰もが望む理想の死に方と言える。




伯父は浪江町に住んでいた。


踏切の直ぐそばの家で、一時間に数本通り過ぎて行く電車の振動と遮断機のカンカン鳴る音とが生活の一部だった。

庭には沢山の花や木が植えられ、その花の季節にはその一瞬咲き誇る。
すぐとなりの家には伯父の弟も住んでいた。

母の実家である伯父の家を私は時節毎に訪ねた。
伯父と伯母の顔を見てお茶を飲んで帰ってくるのが常だった。
じっくりと話をするということも無かったが、歴史が好きでいつも本や新聞を読んでいた伯父が私は好きだった。
浪江町史の編纂がライフワークで本も書いている。

若すぎる死ではないが、もっと長生きしてほしかった。

地震の翌日には避難し、そのまま我が家を見ることなく逝ってしまった。
脚が悪かった伯父は一時帰宅をしなかったから。


お通夜にも告別式にもそれぞれに避難している隣近所の方々や知り合いの方が沢山来て下さった。

原発事故が無かったら、もっと長生きしたかも知れない。
原発事故が無かったら、お見舞いにもお別れにももっと沢山の人が来てくれた事だろう。
原発事故が無かったら、家から送り出してあげられた。
原発事故がなかったら、お骨もお墓に納める事が出来たろう。

参列した誰もが思った事だろうが、口に出して言う人はいない。

避難している人は自分も通る道だろうから。
口に出して確認するまでもない、
悲しい現実。


伯父は83歳だったから避難による死とは認められないだろうが、精神的体力的に相当なダメージを受けたことは紛れも無い事実。

原発事故による死者はいないから再稼働って発言をした人がいたけどちゃんちゃら可笑しい。

国も県も避難してる人を還そうと必死だけど、それは原発を再稼働したいから。
もし事故が起こってもまぁ多分大丈夫ですから、と…。
全然大丈夫じゃないよ。
再稼働なんてまともじゃない。

事故が起こったら取り返しがつかない。
暮らしが奪われ、土地を失う。

この狭い日本で。



原発反対。



おんちゃん安らかに…。
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Posted by bobbin
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野らフェスです!
来る6月23日、添野町にある野らぼうさんで、とんでもなく素敵なイベントです!!!

皆さん是非お越しください!!!

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http://noraboh.blogspot.jp/2013/05/blog-post_31.html?m=1
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